一人は発達障害、もう一人は不登校のち中退、でもきっと大丈夫

上の子は発達障害、下の子は不登校のち高校中退しました。でもきっと大丈夫。

高校中退した息子のこれまで(54)

その夏はこれまでの中で一番過酷な

夏でした。


携帯をベランダから落として破壊し、

飲酒し、泣き叫ぶ、

俺がこうなったのはすべて

お前のせいだと執拗に責め続ける、


かと思うと陽気な様子で卒業した中学校を

突然訪ねてその様変わりした

風貌で先生方を驚かせる。


ある時には


「自室の窓からの風音がうるさくて


眠れない」と


ベランダに布団を敷いて寝る。


アルバイトをすると言い、

1日で辞めてしまい、

その後のユニフォーム返却などの

手続きをこちらでしなければならない

こともありました。


真夜中に気づくと

「助けてください」と

足元に座っている。


、、、、、、


仕事に行く時には

家中の紐類や刃物類を

隠したのを確認して出て行きました。


そして通勤途中にもメールを送る

(LINEは教えてくれませんでした)。


「調子はどうかな。

何かおいしいものを買って帰るからね。」


明らかに彼の調子が悪そうな時には


神経を使い、


何か一つでも「お楽しみ」を

買って帰りました。


長かったです。


高校中退してから回復の兆しが


時折垣間見えるようになるまでの


半年間、


たった半年間ですが、


永遠に続く回廊?

終わりのない回廊を歩いているような、


希望もないのに、


無理矢理「希望」と言ってみせる、

そうでもしないと


自身の心が果てしない闇に

吸い込まれてしまう、


そんな果てしない道をただ行くようでした。


無理矢理、「今日も感謝の日だった」

と言ってみます。


嘘なのはわかっていても、


無理矢理、「感謝すること」を

「探さないと」

やっていられないほど、


追い詰められた精神状態でした。


通勤途中、ふと涙が出そうになりました。


イヤホンをはめ、


音楽を聴きました。


昔好きだったバッハのピアノ曲


心に滲み入るような調べは

優しく、本当にそこにまるで

神の愛があるかのような


そんな気持ちにさせてくれました。


大げさかもしれませんが、


そんな些細なことに一つ一つ


一筋の光を見出すように感じて


生きていくしか


方法がなかったです。




同じ頃、


精神疾患の子供を持つ親として、


成人した我が子を殺めてしまったという


ニュースを耳にしました。




その方の気持ちが痛いほどわかりました。


世間一般で言うように、


「ひどい世の中になったね」とか

「子供がかわいそう」とか


そんな言葉では片付けられませんでした。


一体、どれだけ苦しまれたのでしょう。


苦しんで苦しんで、


そうしてしまったのでしょう、、、


その時の経験で良かったのは、


このような立場の人たちの気持ちの


数十分の一でも


わかるようになったことでしょうか。