高校中退した次男のこれまで (2)
前回(https://www.joyjoytree.site/entry/2018/12/30/204634)
の続きです。
その塾に行かせることについて、夫は反対でした。
理由は、
①学費が高いこと
今思うとそう高くはないですが「難関校合格者数」でおそらく全国トップを争う塾だったので、学費の高いイメージを持ったのだと思います。
② 電車で通うので交通費がかかる
、、、なんともけちくさい夫らしい理由です
(笑)。
、、、なので塾代は私がパート代から
塾代を出すことになりました。
入塾テストの結果は4クラスあるうちの下から2番目。
(最後は7クラスあるうちの1番上のクラスに
いたので随分と努力したにはしたのでしょう、、、病んでしまいましたが)
たくさんのテキストを購入し(テキスト代って
意外と高かったです、、、私のパート収入では
きつかった、、、笑)
中学一年の頃には学校の定期テストでは
学年で上位15%くらいの成績が
その後、2%くらいまで伸び、それに伴い、
部活や委員会の長、行事などでの挨拶、
様々な係を任されることとなりました。
(公立中学は、私立中学に比べて
係が多いような気がします。
そして、生徒達にほとんど義務のような
[義務とは学校は言いませんが実質義務です]
部活や多くの役割をさせることで、生徒達を
効率よく管理できていると思います。
放課後、非行に走る時間は部活のため持てません。
私は前職で仕事柄これまでたくさんの
公立中の子の話を聞くことが多かったですが
「ここだけの話、部活やりたくないけど仕方ない」
という本音を聞くことが多かったです。
そして、部活以外の活動では、
「これをして、自分が成長したと思えること」
をレポートで提出します。
でも「成長」とは、そんな立て続けにこなす
イベントを通して、その都度スタンプを押すようになされるものではなく、
それぞれの心の中にゆっくりと熟成されるものだと私は思います。
公立中学の教育のあり方にはやや疑問を
感じています、、、
かと言って、
「私立中に生かせられるほど経済的には余裕がないからダメ」と夫が大反対した ため、
また、低学年の頃試しに中学受験の塾に通わせたのですが
息子には「絶対いや。やめる!」と強く反抗され、
我が家では私立中学受験は諦めたのです。長くなりました。)
その頃の彼を見ていると、
①学校の勉強は、理解はできていても課題が多すぎてすごく大変
②レポートなど授業以外の提出物が多い
③部活の部長だったので大会などのまとめ役が
大変
④文化祭のイベントなどで皆がやれというので
係を引き受けてしまった。どうしよう。
という訴えが多かったです。
でも、学校に文句を言うのもどうかとも思いました。
引き受けたのは本人ですから。
でも、言いにくさを助長していたのは
内申点が関係していたからです。
「◯◯先生には笑顔で挨拶しておけば
4以上もらえるよ」
と保護者の方が言っていました。
まぁ、そういうのはどこの社会でもあるかと思いますが、、、
(人間ですので、、まぁ、教育の現場でやるのがふさわしいかどうかは別だと思います、、)
私は内申点が気になり、常に先生には控えめに接していたと思います。
ただ、学年始めに配られる
「生徒個人簿」のような
個人情報、マル秘情報、健康上の情報、などの欄には必ず
「発達障害の疑いあり」
「病弱で体力あまりありません」
「いついつ、いついつに入院歴あり」
と書いていたはずです。
先生はそれを考慮してくれなかったのでしょうか。
今でも思い出します。
中学最後の音楽会の時に、音楽が苦手なのにも
関わらず
「△△、できるよね?!じゃ、決まり」
と半ば無理矢理、ソロ(一人で歌う部分があるもの)にさせられてしまったことを。
帰宅後「無理だよ。でも先生がやれって。
で、断ると皆が帰れない雰囲気だった。」
と次男は言い、その後、
「夜眠れない。薬を買って。お願いします!」
と真夜中に訴え、市販の薬を買ったこと。
前々から本人の神経質な様子について
季節の面談のたびに何度も担任の先生に相談したのですが、
「学校ではしっかりとやっているから」
との答えで終わってしまったこと。
中学最後の秋。
地元の市の体育祭がありました。
各学校から、選ばれた選手だけが出場します。
息子はリレーの選手に選ばれました。
他の学校は、3年生は受験生ということも考慮
したのか、選手は1、2年生のみです。
息子達は、選手のチョイスをした、先生に
「受験生なので、、、」
と抗議するのですが、
「何時間ならまだしも、走るのに一体
何秒かかるんですか?」
と言われ、皆しぶしぶ出ることとなりました。
息子も、この日は、一番の要であった
別校舎での志望校別特訓講座が朝から夕方まであり、休みたくないとのこと。
(結局、大学付属の私立高校に行きたいと
懇願され、私達夫婦は、公立受験をして欲しいと思っていましたが、その時には、彼は大学付属の難関高校を目指すこととなり、
これまた、反対する私達に願い倒し、
月曜から日曜日まで塾通いをしていました。)
実は、その頃から、原因不明の微熱が続いて
いたのでした。
体育祭当日も熱があります。
「欠席の連絡をしよう」
というと
「補欠の子は(クラスで一番走るタイムの遅い)
◯△だから、、、休めないよ」
(つまり、選手が一人でも休むと勝てないのが明らかになっているため、誰も休めないのです)
彼は熱のあるまま出場し、走り、その後、
少し早めに上がらせてもらい、塾に行きました。
(続きます)