高校中退した息子のこれまで(22)
息子は一つ目の高校を中退してから次の
高校に編入するまで、ほぼ高校の授業を
受けていません。
だから、編入が決まった時に、「塾探し」をしました。
高校での学習内容は、未習のものが多く、
特に理数は全く新しい科目があります。
幸い、英語や国語については、高校受験の時にさらっとではありますが、高校の内容は一通り簡単に習ったとのこと。
本人の希望で、
理数科目の補習のできる塾を探しました。
車で20分くらい、電車で二駅の個別指導塾です。
しかし、入塾後すぐに息子は言います。
「講師の質が悪い。担当を変えてほしい。」
はぁ?と思いました。
まずは一から教えてもらう立場。
質も何も、、、と思いましたが、言い出したら聞かない。
別の理由をつけて、担当替えしてもらいました。
しかし、こちらの塾には「合わない」と言って行かなくなってしまいました。
入塾金も含めて10万程度だったでしょうか。
無駄になりました。
その後、入った通信教育も数万円ではありましたがやりおえずにやめてしまいました。
今思うと、これも、疾患のせいだったのでしょうか。
この塾に入る前に、長男が中学三年間、お世話になった地元の塾の体験授業を受けたのですが、こちらに至っては体験時にほんの少し
待たされた、という理由で帰ってきてしまいました。
本人は、「待たされて腹が立った」とのこと。
こちらの塾長の方には、大変お世話になった
ため、面目なかったです、、。
でも、それだけ病んでいた、ということなのでしょう。
後で本人から聞いたのですが、
「大勢の中学生が入ってきて、
いても立ってもいられなくて、怖くて
帰ってきてしまった」
とのこと。
精神疾患で人格まで変わってしまった息子。
本当にこの頃は辛かったです。
でも、1番辛かったのは本人だったでしょう。
健康なこと、ふつうに生活できることが
どれだけありがたいことなのか。
心の底からわかりました。
それでも勉強に対しては病みながらも強く
こだわり続けて勉強を続けたため、
学校内では成績は伸びました。
それでも、、、
どうして楽しく行かれないのか。
なぜ人が怖いのか。
わからない中親子共々もがき、心療内科に通い、(けれども心療内科の投薬ではさほど良くはなったようではありませんでした)
本当に苦しんだ一年間でした。
私はパートをやめ、彼の送り迎えと生活管理、サポートに達しました。
何が悪かったのか。
どうしてなのか。
日々、自問自答し、とにかく、
疲れきってしまっていたあの頃。
息子の高校中退→編入の話は、
地域でも広がっているようで、
小中学校時代の息子の同級生のお母さん達の
視線も私には辛く感じられました。
そんなに面白い?
好奇の目で見ないで。
誰かと運悪くすれ違う時には
そんな風に心の中でつぶやきながら
顔を隠して足早に通り過ぎました。
戦いの日々でした。
(続きます)